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高松高等裁判所 昭和56年(ネ)134号 判決 1983年1月13日

控訴人

有限会社四国ロバベーカリー

右代表者

田中幸男

控訴人

栗田宏子

右両名訴訟代理人

南健夫

右訴訟復代理人

木下常雄

被控訴人

エイアイユーインシュアランスカンパニー

右代表者

エルマーエヌディキンソンジュニア

日本における代表者

堺髙基

右訴訟代理人

服部邦彦

主文

一  控訴人有限会社四国ロバベーカリーの本件控訴を棄却する。

二  原判決中、控訴人栗田宏子と被控訴人関係部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人は控訴人栗田宏子に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和五三年五月二三日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  控訴人栗田宏子のその余の請求を棄却する。

三  控訴人有限会社四国ロバベーカリーと被控訴人間における控訴費用は同控訴人の負担とし、控訴人栗田宏子と被控訴人間における訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を控訴人栗田宏子の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

四  この判決の主文二1は、控訴人栗田宏子において金六〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一  申立

(控訴人ら)

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人有限会社四国ロバベーカリーに対し金五一〇〇万円、控訴人栗田宏子に対し金二二〇〇万円及びこれら金員に対する昭和五三年五月二三日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

仮執行宣言

(被控訴人)

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者双方の主張は次のとおり付加、訂正するほかは原判決事実摘示のとおりであるからそれをここに引用する。

(控訴人栗田宏子)

原判決二枚目裏一一行目の「被告に対し、」の次に「昭和五二年一二月一五日ころ到達の内容証明郵便をもつて、」を加える。

(控訴人ら)

一  被控訴人の抗弁に対する答弁

1 原判決添付物件目録記載の什器機械一〇台(以下、機械一〇台という。)を控訴人有限会社四国ロバベーカリー(以下、控訴人会社という。)が訴外山内孔次郎や弘瀬栄子へ譲渡したことはない。この物件に関する買戻特約付売買及び賃貸借契約公正証書は訴外吉田哲三が控訴人会社の代表者印を無断で使用し作成させたもので無効であること、その無効が明らかになつたため控訴人会社と山内孔次郎、弘瀬栄子との間でこの物件が当初から控訴人会社の所有である旨の和解が成立し、もうこれを争う余地はなくなつたのである。従つて控訴人会社がこの物件を第三者に譲渡した事実は無効又は取消され被控訴人に通知義務違反があつたという事実はなかつたのである。

控訴人会社が山内孔次郎に約八〇〇万円の債務を負担していたこと、前記和解が控訴人会社より被控訴人に対する通知義務違反の通告よりおくれたこと、控訴人会社代表者が弘瀬栄子に所有権移転の事実を内密にしてくれと要請したというのは事実に反するが、仮にこれらの事実があつたとしても本件物件の所有権を債権者に譲渡したことと結びつくものではなく、和解が真実に反するというものではない。債務弁済の財源を何にするかは債務者の自由であり、所有権の帰属が問題となる本件で所有権移転の外観があることを紛争の相手方に秘しておこうとするのは当然である。

また仮に物件譲渡の事実があつたとしてもそれは担保が目的の譲渡であり、火災保険の目的物を担保に供することを禁止する法律はないし、買戻特約付売買において買戻期間を経過しても債権者が目的物件の引渡を求めるなり、目的物件の時価と被担保債権の差額を清算すべきであるから、それに着手する迄は担保の性質を失うものではない。本件物件は控訴人会社の占有に委ねたままであつた。

2 控訴人会社が訴外石崎千尋に機械一〇台を含む営業用什器機械を譲渡した事実はない。これも訴外吉田哲三が機械一〇台を勝手に処分したことに対応して譲渡担保の外観を作つたに過ぎない。控訴人会社が訴外石崎清躬に債務を負担していたこと、会社業務が悪化していたこと、松山社会保険事務所の調査の際差押えで目的物件がなくなつていたこと等の事実はないが、仮にこういう事実があつたとしても石崎清躬は控訴人会社の監査役で責任があるから会社の利益を図るのは当然で控訴人会社の業務が悪化すれば会社財産保全のため公的調査に虚偽の報告をすることは世間一般によくあることだから譲渡が有効であるとはいえない。

会社と監査役の間では自己取引の制限がないから監査役の石崎が控訴人会社に債権をもつていても息子名義で担保をとる必要はない。

二  通知義務違反について

(一) 被控訴人が主張する通知義務が必要な根拠として(1)目的物の所有権移転に伴う占有形態の変化が保険事故発生の危険を増大させる可能性があること(2)商法第六五〇条との関係から見て、目的物の譲渡により保険金受領権者が変更するので、譲渡の通知により受領権者を明確にすることの二つが考えられるところ

(二) 本件目的物は、占有形態に変更はなく、さらに後に和解により本件目的物の所有者、従つて保険金請求権者は控訴人会社であることが明らかになつているのであるから、前記(1)(2)は控訴人会社の通知義務の根拠にならない。控訴人会社には通知義務はなかつたというべきである。

(三) なお本件保険契約約款には、保険目的物譲渡を被控訴人に通知した場合においても、被控訴人において保険金の支払義務を免れる場合があり、さらに保険契約を解消しうる旨の規定があるが、前記(一)の趣旨から考えて(1)被控訴人が保険金支払いを免れるのは、占有形態の変更により一般的に保険事故発生の危険が増大し、この結果目的物譲渡が被保険者にとつて契約上の信義則違反になると一般的に言える場合だというべきであり(2)被控訴人は、恣意的に契約を解消しうるものではなく、目的物譲渡により、保険契約当時と比べて、保険事故発生の危険の増大等合理的根拠によるものでなければ、一方的に契約を解消しうるものではないというべきであるところ本件については右のような事情は全くない。

(四) 仮に控訴人会社に通知義務があつたとしても、右義務違反により被控訴人は何らの不利益を受けていない以上保険金の支払義務を免れるものではないというべきである。

三  保険契約(二)について

詐欺による取消の主張について

1 控訴人会社の利益の算出、保険金額等の決定は、被控訴人の代理店及び社員がその認定のための資料書類を一つ一つ指示し、控訴人会社は、言われるままに書類等を右代理店等に預け、右代理店等が任意に金額を算定したものであつて、控訴人会社には右代理店を欺罔する意思はもちろん、欺罔する機会もなかつた。

2 赤字会社が保険に加入できないことは約款には規定されていない。かえつて約款においては赤字会社に対する保険金支払額算定基準が示されている。

被控訴人が保険金額を算出するにあたり、確定申告書を要求せず、控訴人会社の内部的資料に基づいてのみ保険金額を算出したのだとすれば、それはとりもなおさず被控訴人にとつては控訴人会社が赤字か黒字かは全く関心がなかつたことを示すに他ならない。

実際被控訴人としては過剰保険の危険は保険料が高くなることである程度カバーできることであるし、保険金の支払いについては実損害額を基準に支払えば済むことであるから、保険料が高ければむしろ被控訴人に有利になるのである。

3 なお証人高野は赤字会社との契約は保険会社にとつて危険が高いというがこれは保険事故発生の危険を指すものでないことは言うまでもなく過剰保険の危険とも言えない。保険金額が過剰か否かは、実収益に対する保険金額の割合で判断するものであつて、実収益以上の保険金額を申し出るか否かは赤字会社か黒字会社かということとは全く無関係である。

しかも、過剰保険については実収益を基準に保険金支払額が決められるのは前述のとおりである。

4 以上控訴人会社が赤字会社であることを秘して黒字を装い被控訴人を欺罔したとの被控訴人の主張は全くの言いがかりである。

四  損失填補の条件不成就との主張について

1 前記のとおり、被控訴人が損失填補の責任を負う以上自らの債務不履行を根拠に支払いを免れるいわれはない。

2 本件利益保険の目的物はその対象が内装一式及びプレハブ造り平家建建物であり、これらは何人にも譲渡されておらずこの点被控訴人の主張は当を得ない。原審は右プレハブ建物は本件契約の対象外だとするが、その根拠は保険金額欄一〇〇万円の記載は内装について示すだけだというものである。しかし保険契約書に保険契約と無関係な物件を記載するはずはなく、右一〇〇万円は内装及び右プレハブ建物両方を合わせた金額と解するのが当然であり、このことは甲六号証「保険目的物及びこれを収容する建物の構造及び用法」欄、符号2の記載が右プレハブ建物を但書で示していることと比較しても明らかである。これは控訴人会社代表者による内装分二〇〇万円の保険に上のせして保険契約(二)について一〇〇万円の物保険を結んだとの陳述と矛盾するものではない。

3 本来利益保険はその目的物が何人の所有に属するかは関係がなく、その目的物使用により被保険者がどれだけ利益を上げていたのかが問題なのであるから他人の所有物を利用して営業している者についても利益保険の被保険者たりうると解される。

従つて利益保険支払の条件たる物保険の損失填補についても、何人かが物保険で填補されたら足り、これが利益保険金受領権者である必要はない。

4 右によれば物保険による損失填補という条件は、目的物滅失によりこれが使用できなくなつた事実を認定するための一つの根拠・資料にすぎない。

従つて、利益保険契約締結時において、その前提となる物保険について目的物の所有権の帰属を契約当事者双方が問題にしなかつた場合には後になつて仮に右目的物が利益保険被保険者の所有に属さないことが明らかになつたとしても、これをもつて保険会社は保険金の支払いを拒むことはできないというべきである。

5 原審は保険の目的たる内装の内どこまでが控訴人会社の所有か不明であるから控訴人会社には利益保険の請求権はないと判断しているようであるが、この判断は失当と言わざるを得ない。仮に内装に占める所有権の割合により、支払保険金額が決まるのであれば、その点を審査しないままに判決することは審理不十分であり、控訴人会社に対し不意打を加えるものというべきである。

五  営業再開がないことによる利益特約の失効という点について

被控訴人は利益保険支払拒否の理由として、控訴人会社が営業の再開をしなかつたというが、控訴人会社代表者は損害保険金、利益保険金のいずれも被控訴人が故意に支払わなかつたため極度に窮した中で可能な範囲で営業を再開していたことは関係人の各証言により明らかである。

本件保険金は、保険事故発生後間もなく支払われるべきものであり、不慮の火災に罹つた者は営業を再開するにもそれに必要な資金の手当が殆んどできないのが常であるため、この資金を確保する目的で保険に加入し、保険金をもつてこの資金とするものである。被控訴人はこの保険金を支払わずして控訴人会社が営業を再開しなかつたと不当な主張をしているものであるから、被控訴人には営業不開始の免責事由がないというべきである。

被控訴人は営業再開まで四〇日で十分であるのに四〇日たつても再開しないから保険金は支払わないと控訴人宛通告してきたが(1)しかし、四〇日と認定した根拠及び認定権原が不明であり、(2)本件利益保険契約の性質上営業状態回復後までに必要とした期間は、四カ月を限度として、保険による填補を受けるというべきである。

六  被控訴人の主張する債権差押、取立命令が発せられた事実は認める。

(被控訴人)

一1  原判決四枚目裏七行目及び六枚目表三行目の「代物弁済」を「譲渡担保」と改め、原判決六枚目裏六行目の末尾の次に「いわゆる物保険条項」を加える。

2  控訴人会社の山内孔次郎に対する譲渡は公正証言(乙一一号証)で明らかなごとく買戻特約付売買であつてこの契約とともに所有権は右山内に移つた。

3  控訴人会社の石崎千尋に対する譲渡は譲渡担保であるが、この場合も公正証書による契約とともに目的物の所有権は内外ともに右石崎に移転し担保期限徒過によつて所有権が移転したのではない。また控訴人会社の石崎に対する目的物件の取戻権が喪失しない間であつても被保険利益は譲渡担保権者にあるから利益保険の填補責任は生じない。

4  控訴人らの主張する和解は本件火災後保険金を得る目的で糊塗された不合理なもので、この和解によつて譲渡契約が取消されたとか遡及的に所有権が復帰したという主張は理由がない。

目的物について新たな法律関係に入つた被控訴人の同意なくして和解をしても被控訴人の抗弁を左右するものではない。

5  被控訴人が保険者として本件保険契約(二)のような利益担保特約付火災保険を引受けるにあたつては、被保険者の営業収益及び経常費の把握が重要であるが、それは次の事由によるものである。

(1) 本件火災保険契約は、主契約たる内装一式を目的とする火災保険契約に付帯して利益担保特約がなされたもので、同特約により被控訴人がてん補責任を負うのは、「保険の目的が火災(火災保険普通保険約款の負担する危険をいう。以下同じ)により損害を受けた結果、営業が休止または阻害されたために生じた損失(喪失利益および特別費用)」(利益担保特約条項一条)である。この「喪失利益」とは「火災により営業が休止または阻害された結果生じた損失のうち火災がなかつたならば計上することができた営業利益および付保経常費の額」、また「特別費用」とは「てん補期間内において、営業収益の減少を防止または軽減するために支出した必要かつ有益な費用」をいう(特約条項第四条)。

本件利益保険契約では、付保利益は「営業利益及び全経常費」とされ、収益の基準は売上高、てん補期間は四か月間とされていた。

(2) ところで保険者が右のような利益担保特約付火災保険を引受けるについては保険契約者若しくは被保険者の営業収支及び経常費の状況の把握が重要であり、通常、契約申込の際、申込者の営業についての損益計算書その他の決算書類の提出を求め、これらを保険金額その他の引受条件決定の重要な資料として保険引受の可否を定めている。

6  保険契約(二)において利益担保特約条項第三条の定めがある理由は、同一営業の不継続ないし事業の清算は被保険者の損失防止義務違反の最大の場合であるし、また損失査定上、同一営業を再開しないといつ営業収益が回復したのか不明となるなどの理由によつて、その場合には被保険者の保険金請求権が火災発生時まで遡つて失効するとの右特約条項が設定されているものである。

二  松山地方裁判所は昭和五三年二月八日本件保険金請求権につき訴外株式会社東邦相互銀行を債権者、控訴人会社を債務者、被控訴人を第三債務者とする債権差押と取立命令を発しそのころ被控訴人に到達したので、仮に被控訴人に支払義務があるとしたら同命令書記載の差押債権九九二万一五二三円とこれに対する昭和五二年九月二七日から完済に至るまで年一五パーセントの割合による金員の支払には応ずることはできない。

第三  <証拠関係省略>

理由

第一請求原因1の事実、同2のうちプレハブ造平家建工場約二六〇平方メートルが保険契約(二)の火災保険目的であることを除くその余の事実及び同3の事実はいずれも当事者間に争いがなく、右プレハブ造平家建工場約二六〇平方メートルは保険契約(二)の保険目的(同契約中の主保険である火災保険の目的)であると認めることはできずその理由は原判決理由二説示のとおりである(但し、原判決一〇枚目裏九行目の「原告会社代表者尋問の結果によれば」を「原審における証人伊藤尚武の証言及び控訴会社代表者本人尋問の結果を総合すると」と改める。)からそれを引用する。

第二保険契約(一)関係

一営業用什器及び機械一式を付保物件とする保険金の請求について

(一)  当裁判所は原審で提出された証拠に当審で追加された証拠を総合検討した結果、右保険目的物件のうちの機械一〇台(原判決添付物件目録記載)が昭和五二年八月一八日に買戻特約付売買により訴外出内孔次郎へ売り渡され、その買戻期限日の同年八月三一日、右機械一〇台を含む保険契約(一)の目的物件全部が控訴人会社から訴外石崎千尋へ譲渡担保契約により譲渡されたと認定するが、その理由は左のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由三12説示のとおりであるからそれを引用する。

1 原判決一一枚目裏一一行目の「売り渡し」の次に「だが、現実の引渡しを行わないままそれらを従前どおり控訴人会社の前記プレハブ建物内に据え置き控訴人会社に使用されることとし」を加える。

原判決一二枚目表八行目の「九号証、」の次に「第二四号証の一ないし三、」を加え、同枚目表九行目の「同号証と」の次に「原審における」を加え、同枚目表末行の「)、」の次に「原審における」を加え、同枚目裏一行目の「弘瀬栄子」の次に「、同高野稔」を加える。

原判決一三枚目表三行目の「代物弁済する契約をした。」を「代物弁済として譲渡する旨の契約を締結したが、現実の引渡を行わないままで、右機械一〇台は従来どおり前記建物内に据え置かれ控訴人会社が使用していた。」と改める。

原判決一四枚目表四行目の冒頭から同枚目表六行目末尾までを「原審における証人山内孔次郎、同弘瀬栄子、当審における証人石崎清躬及び原審当審における控訴会社代表者本人の各供述中、右認定と牴触する部分は爾余の前記証拠と比較して措信し難く、」と改める。

2 原判決一四枚目表一〇行目の「第二五号証」から同枚目表末行の「れば」までを「第一九号証の一、第二五号証、原審における証人石崎千尋、同高野稔、同堀本幸雄、当審における証人石崎清躬の各証言及び原審当審における控訴会社代表者本人尋問の結果を総合すると」改め、同枚目裏七行目の「られる。」の次に「原審証人石崎千尋、当審証人石崎清躬及び原審当審における控訴会社代表者本人の各供述中、右認定と牴触するところは爾余の前記証拠と比較して措信し難い。」と改める。

原判決一四枚目裏八行目の冒頭から同一一行目の「供述をするが」までを「そのうち、証人石崎千尋(原審)と控訴会社代表者(原審当審)が右の譲渡担保契約は吉田哲三が控訴人会社に無断で山内孔次郎へ前記機械一〇台を譲渡したことが判明したため、控訴人会社がその防衛策として石崎千尋へ営業用什器機械自動車全部を譲渡したように仮装したものである旨供述しているが」と改める。

原判決一五枚目表一一行目の「右事」から同枚目裏三行目末尾までを「そのころ石崎清躬は右保険事務所から事情聴取を受けた際、前記乙第二五号証(譲渡担保権設定準消費貸借及び使用貸借契約公正証書正本)を提示し、前記プレハブ建物内に据え置かれ、控訴人会社が使用中の什器機械全部を石崎千尋の所有物である旨説明したこと、このため松山社会保険事務所は本件火災から数日後、控訴人会社の松山営業所に、右什器械械等の被保険者その他保険契約の内容を照会し、その物件が火災発生前に控訴人会社以外の者の所有になつていて、社会保険料滞納にもとづく差押を実施しようにも、その対象物件が皆無であつた旨を連絡したことが認められることに徴して、証人石崎千尋(原審)及び控訴会社代表者本人(原審当審)の前記供述は到底措信し難く、他に右の認定を動かすべき証拠はない。」と改める。

3 仮に、控訴人会社と石崎千尋間の右譲渡担保契約が通謀虚偽表示であり、この当事者間では実際に本件什器機械の所有権を移転する意思がなく、さらには控訴人会社から山内孔次郎への前記機械一〇台の譲渡が無断譲渡であつて、実体的には什器機械が控訴人会社の所有のままであつたとしても、控訴人会社は石崎清躬をして、前記譲渡担保契約が締結されたことによつて同物件が石崎千尋の所有となり、もはや控訴人会社の所有でない旨を松山社会保険事務所へ告知し、それを信用した同保険事務所から被控訴人へその旨が連絡されたのであるから右譲渡担保契約が通謀虚偽表示であることに善意無過失であることが推認できる被控訴人に対する関係では以上のことが被控訴人に対する直接の意思表示でないとしても禁反言または民法第九四条二項の規定の類推適用により、右物件譲渡の仮装を対抗できないと解するのが相当なので、保険契約(一)の付保物件である什器機械一式が控訴人会社から石崎千尋へ譲渡されたと解されることに消長をきたさない。

また控訴人会社はその後弘瀬栄子、山内孔次郎と和解し本件物件が当初から控訴人会社のものであることを確認したから被控訴人の主張は理由がないというが、<証拠>によるとこれらの和解が成立したのは昭和五三年四月一四日と同月二四日で火災後のことであることは勿論、被控訴人と本件保険金請求の問題が生じた後のことであるからこれらの和解によつて通知義務がなくなつたと解することはできない。

(二)  保険契約(一)の内容となつている普通保険約款(乙第一号証の二)第八条に保険目的物の譲渡通知を懈怠した場合における免責の定めがあること、控訴人会社から前記山内孔次郎及び石崎千尋への各保険目的物の譲渡につき、被控訴人に通知しなかつたことは控訴人らが明らかに争わないところであるから自白したものとみなす。

右什器機械の山内孔次郎及び石崎千尋への譲渡とも、その前後において従来控訴人会社がそれらを占有してきた形態に変更がなく、その他、それらの譲渡によつて保険事故発生の危険が特に増加した事跡は認められないが、現実の占有状況に変更がないとか危険の増大がないことは、保険会社において保険の目的物の譲渡を拒否できない事由であつても、保険契約者又は被保険者が負担する通知義務を免除するものではなく、前記普通約款第八条の文言上、この被保険利益は法律上の所有権者としての利益であることが看取されるし、損害保険の目的物件を売渡したり、あるいは譲渡担保の目的とした場合には、商法第六五〇条一項の規定によつて、保険契約による損害填補請求権を買主ないし譲渡担保権者に譲渡したものと推定されるので、その損害填補請求権が物件譲渡によつて当然に消滅することはないし、さらには多数の契約を形式的・画一的にとり扱うべきことが要請されるこの種損害保険契約にあつては、所有権移転の外観形式に従うのが妥当であることにかんがみると、譲渡担保契約による物件譲渡の場合でも前記普通約款第八条一項二号の保険の目的の譲渡にあたると解するのが相当である。これに反する控訴人らの主張やこれに副う学説は採用できない。

従つて、営業用什器機械一式の保険についての被控訴人の抗弁1は理由がある。

(三)  よつて、控訴人栗田宏子の請求のうち、営業用什器及び機械一式の付保険契約にもとづく請求はその余の争点につき判断するまでもなく理由がない。

二内装一式を付保物件とする保険金請求について

(一)  本件全証拠を検討しても、右内装一式が訴外石崎千尋へ譲渡されたことを認めるべき証拠がないので、抗弁12はいずれも理由がない。

(二)  <証拠>を総合すると、控訴人会社はその営業工場である三好倉庫こと三好英計所有の建物(床面243.72平方メートル)に昭和五二年二月二五日ころ及び同年一〇月二日ころの二回にわたり合計四一九万五三〇〇円相当の内装を行ない(同年一〇月分が約七二万円相当で、その余は同年二月分)、同年三月一四日締結の保険契約(一)でこれに二〇〇万円の火災保険を付していたところ、同年一〇月二八日の保険契約(二)で、右(一)の付保価格を超える部分に一〇〇万円の火災保険をつけたこと、同年一二月四日の火災により右内装一式はすべて建物とともに全焼して無価値となり、被控訴人の鑑定人が実査の結果、その損害額を四一九万五三〇〇円と査定したことが認められ、反証はないので、約款にしたがい被控訴人は保険契約(一)の内装一式を付保物件とする保険金を支払うべき義務ありといわねばならない(保険契約(二)の内装一式の保険金の支払義務があることも同じ。)。

但し<証拠>によれば控訴人ら主張のごとく控訴人会社は控訴人栗田宏子に対し、昭和五二年一二月一三日被控訴人に対する保険契約(一)の保険金請求権を譲渡したことが認められ、控訴人会社から被控訴人に対し昭和五二年一二月一五日ころ到達の内容証明郵便で右債権譲渡の通知を行つたことは当事者間に争いがないので被控訴人は控訴人栗田宏子に保険契約(一)のうちの内装一式の保険金二〇〇万円を支払うべきものといわねばならない。

(三)  松山地方裁判所が昭和五三年二月八日、保険契約(一)の保険金請求権につき訴外株式会社東邦相互銀行を債権者、控訴人会社を債務者、被控訴人を第三債務者とする債権差押と取立命令を発し、これがそのころ被控訴人に到達したことは当事者間に争いがないが、この保険金請求権は右命令到達前に控訴人栗田宏子へ譲渡され、かつその譲渡通知がなされていたので、被控訴人は右債権差押取立命令を受けても、控訴人栗田宏子のこの保険金請求を拒むことができない。

三よつて、控訴人栗田宏子の本件訴求は、内装一式についての保険金二〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録に徴して明らかな昭和五三年五月二三日から完済まで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

第三保険契約(二)関係

一利益保険契約にもとづく請求について

抗弁3ないし6についての判断を留保して、まず抗弁7(利益担保特約の遡及的失効の主張)を検討する。

(一)  保険契約(二)の普通保険約款の利益担保特約条項第三条に被控訴人主張のとおりの文言による定めがあることは当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1 控訴人会社は昭和五一年三月に設立され、パンの製造販売を業とし、松山市高岡町で三好倉庫こと三好英計から賃借した建物内の工場(敷地の所有者は松村俊三)でパン類を製造し、それを自動車に積んで控訴人会社の従業員が愛媛県下を主たる販路として控訴人会社代表者が使用権を有する音楽を吹鳴して街頭に客を寄せ、パン類を行商していた。その最盛期には販売車一〇台位が月平均二五日程度業務を遂行し一日当り一台につき約五万円の売上げがあつたが、昭和五二年八月以降本件火災が発生した同年一二月四日までの間は業績が落ち、販売車約四台が稼働するにとどまり、一か月の売り上げ額は五〇〇万円くらいまでに低下していた。本火災発生直前ころ控訴人会社は運営資金が不足し、石崎清躬(石崎千尋名義)に対する負債を除いても、訴外株式会社東邦相互銀行、控訴人栗田宏子に対し合計約三二〇〇万円の負債があつたほか、営業用什器機械全部及び保有自動車一八台を山内孔次郎と石崎千尋へ譲渡ずみであるうえ、山内孔次郎に対し製パン材料等の購入代の未済分約三〇〇万円、松山社会保険事務所への保険料滞納分約二〇〇万円があり、さらに水道電気代と家賃も数か月分が未払いになつていた。

2 火災から数日後に、被控訴人の高野稔(損害査定鑑査部次長)は控訴会社代表者と数回面談し、本件利益保険の支払いのためには控訴人会社が火災前と同一の営業を再開することが必須条件であり、その営業再開を遅滞なく行わなければならない旨を説明した。控訴会社代表者はその説明を了解し、火災直前ころと同じ規模の物的設備の復旧を什器機械類の調達を含めて火災後一か月程度あれば実現できる見通しである旨返答した。

3 控訴人会社が賃借していた前記建物は火災により全焼し、控訴人会社からその賃貸人に対し建物再建のうえ賃貸を受けるよう申込んだが拒絶された。その後の昭和五三年一月一九日ころ控訴人会社は被控訴人に対し書面で、松山市松末町で控訴人栗田宏子の知人所有の建物(訴外平岡商店こと平岡慶一がかつて営業していたパン製造場跡)を賃借して控訴人会社の営業を再開したい考えであり、そのため自動車(ライトバン)を一四台、従業員を一〇人くらい確保している旨を通告した。

しかし、控訴人会社がかつて保有していた営業用自動車一八台は、火災後、石崎清躬が保管し、そのうち一四台が購入先の自動車販売店に対する残代金不払いのため、火災後間もなく、その販売店へ引揚げられたし、火災後控訴人会社が従業員を雇用していたとか、その他、営業再開のため出捐したことを裏付ける証拠はない。

4 控訴人会社代表者は昭和五三年三月ころ松山市中村町五丁目で訴外松本定八郎から鉄骨スレート葺二階建建物の一階を、敷金一二万円、賃料月額四万円で借受け、同所に据え置かれていたパン製造機械を訴外平岡某から七〇万円で買受け、控訴人会社のもと従業員森某の知り合いの堀本幸雄名義で保健所からパン製造販売業の許可を受け、堀本、森のほか数名を雇用し、石崎清躬からもと控訴人会社で使用していた営業用自動車四台を借受け、同年四月から年末まで四国ロバベーカリーの看板を掲げてパン類の製造販売を継続したが、赤字を出して同年末ころ廃業した。その営業に必要な資金調達は控訴人会社もその代表者個人も手形の不渡を出して銀行取引を停止されているため、前記堀本幸雄の名義で行ない、家賃の支払いも堀本名義を使つた。

右のとおり認められ<る。>

営業の再開があつたかどうかは社会通念によつて決めるほかないが、以上の認定したところによると控訴人会社の代表者が行つた中村町五丁目でのパン類の製造販売業はその製造場の一隅及び販売車の車体に、四国ロバベーカリーの看板が掲示されていた事実は認められるものの、控訴人会社が果してどの程度のパンの製造と販売を行いどういう収支があつたのか具体的な立証がなく補填すべき金額の確定もできないので控訴人会社代表者田中幸男の個人営業ないし同人と堀本幸雄の共同営業であると解する余地はあるとしても、控訴人会社が真剣に営業を再開したと認めることはできないといわねばならない。

従つて控訴人会社は前記利益担保特約条項第三条の「火災後、同一の営業が継続されないとき」にあたり、保険金の請求はできないといわなければならない。

(三)  保険契約(二)の利益保険契約の内容となつている利益担保特約条項の第一条ないし第八条(甲第二号証の二、乙第一号証の三)によると、この利益保険の被保険利益は火災発生から被保険者の営業収益が火災発生前の水準に復帰するまでの期間内における収益の減少分及びその期間中における収益回復に必要有益な費用を損害としててん補するものであつて、それは火災後における同一営業の再開存続を必須の前提とするものであると解されるのでこの保険金は営業の再開存続の見通しの有無を問わず、保険事故が発生すれば遅滞なく支払われるべきものである旨の控訴人会社の主張は採用できない。

(四)  保険契約(一)(二)の内容となつている火災保険普通保険約款(乙第一号証の二)第二二条で火災保険金の支払時期を定め、また保険契約(二)につき利益担保特約条項(甲第二号証の二、乙第一号証の三)第七条で利益保険金の支払時期が定められているが、被控訴人が右保険金を一切支払わなかつた経緯をみると、<証拠>を総合すると、控訴人会社は被控訴人に対し火災から五日後の昭和五二年一二月九日ころ火災による什器機械の損害見積書を提出し、その火災保険金の早急な支払いを申入れたこと、しかるにその前日と当日ころ被控訴人の松山営業所に対し訴外弘瀬栄子や松山社会保険事務所から保険契約(一)の付保物件中の営業什器機械が営業用自動車等とともに、火災前に控訴人会社から第三者へ譲渡されていた旨の情報が持ち込まれ、そのころ被控訴人が控訴人会社の税務処理を委託されていた会計士から取寄せた昭和五一年度分の確定申告書(乙第三号証)を検討したところ、その期の決算で九八三万円余の赤字となつているのに反し、保険契約(一)(二)の締結にあたり控訴人会社から提出を受けた同年度の損益計算書、原価報告書(乙第二号証の一、二)では三〇四七万円余の黒字となつていたなど売上額及び経費額とも両決算書類間に顕著な差異があり、昭和五一年度の営業収支が赤字になつているのを故意に秘匿したものとして、控訴人会社へ不信と疑惑を抱き、さらに翌五三年一月二七日ころ松山西警察署刑事課から本件火災を放火容疑で捜査中である旨の連絡もあつたので、同月一九日ころ控訴人会社代表者から書面で営業再開に必要な資金がなく、被控訴人から火災保険金の支払いを早急に得たい旨の催告を受けたが、同月三〇日ころ控訴人会社に対し営業用什器機械を付保物件とする保険金は物件譲渡の通知義務違反を理由として支払を拒絶し、内装一式を付保物件とする保険金は家主等利害関係者からの確認が得られていないので未だ支払えないとし、利益保険金については早急な営業再開の着手がなければ支払えない旨を通告し、その後の同年四月四日ころ保険契約(一)(二)中の各内装一式についての損害額が被控訴人の委託した鑑定人によつて査定されたが、その査定結果の報告がなされる前に、裁判所から右保険金請求権に対する前記債権差押取立命令が送達されたので、この保険金の支払いを留保し、さらに同年四月ころ四国ロバベーカリーの名称でパン類の街頭販売が行われている情報を入手した被控訴人は係員や興信所により前記中村町五丁目のパン製造場等を調査し、その営業者が堀本幸雄で控訴人会社でないとみたため、保険契約(一)(二)の内装一式の各火災保険金及び保険契約(二)の利益保険金を一切支払わなかつたことが認められ、他に右認定を動かすべき証拠はない。

以上の認定事実によると、保険契約(一)の内装一式についての火災保険金については、被控訴人において裁判所から前記債権差押取立命令の送達を受ける前に、控訴人会社から控訴人栗田宏子への債権譲渡通知を受けていたのであるから、保険契約(一)の普通保険約款第二二条にしたがい、その損害額査定後、遅滞なく控訴人栗田宏子へ支払うべきものであるのに、そうしなかつたことは約定違背であるといえるが、右保険金の支払遅滞は控訴人栗田宏子に対する関係であり、その保険金(前記四で認定した二〇〇万円)が約款にしたがつた時期に支払われておれば控訴人会社が営業の再開に着手できたであろうことを窺知すべき事跡が見当らないし、また保険契約(二)の内装一式についての損害額査定が火災発生から五か月後に完了した点に関し、<証拠>を総合すると、この保険金の査定に必要な家主からの控訴人会社の損害である旨の確認証明を得るのに多少手間がかかつたものの、遅くとも昭和五三年三月五日ころまでには右確認証明もとれて、損害額査定ができる状況であつたことが推認されるにとどまり、この保険金請求権に対する前記債権差押取立命令の送達(昭和五三年二月八日ころ)前に、右損害査定が完了できる状況にあつたことが認められる証拠がないので、被控訴人が右保険金の支払いを遅滞したものとはいえない。さらに、控訴人会社が営業再開のため必要有益な費用を支出したことを裏付ける資料がないし、火災前に控訴人会社かは営業用什器機械及び自動車全部が他へ譲渡されていることを火災直後に被控訴人が知つたため、その什器機械を付保物件とする二〇〇〇万円の保険金も控訴人会社へ渡らない状況のもとで、控訴人会社の営業再開見込につき被控訴人が強い否定的予測をしたことに相当の理由があるといえることにかんがみると、被控訴人が保険契約(二)の利益担保特約条項第七各但書にもとづく利益保険金の概算内払いをしなかつたことを非難することはできない。

したがつて、被控訴人が保険金を支払わなかつたことが控訴人会社に営業再開を断念させた要因であつたとしても、直ちに営業の不継続を理由とする免責の抗弁を否定すべき事由があるとは解されていないので、この点の控訴人会社の主張は採用できない。

(五)  よつて、抗弁7は理由があるので、利益保険金関係の爾余の抗弁を判断するまでもなく、控訴人会社の右保険金請求を棄却した原判決は相当である。

二内装一式を付保物件とする保険金請求について

(一) この保険の損害額が一〇割を査定されたことは前記第二、二、(二)で認定したとおりであり、右物件の所有者や保険価額に関して控訴人会社に被控訴人をだます意思があつたと疑わせるべき証拠はない。

(二) 控訴人会社が右物件を火災保険に付したのは保険価額を一億八〇〇〇万円とする利益保険契約の物保険条項を充足するものとして被控訴人から勧誘されたためであることが<証拠>によつて認められるところ、被控訴人が保険契約(二)締結にあたり、控訴人会社からその営業による収益の実態を説明する資料として提供を受けた昭和五一年度の損益計算書及び原価報告書(乙第二号証の一、二)と火災後に控訴人会社の嘱託会計士から入手した同年度分の確定申告書添付の右会計書類(乙第三号証)の各記載内容に顕著な差異があることは前記第三、一、(五)で判断したとおりであるし、<証拠>を総合すると、保険契約(二)が成立した昭和五二年一〇月二八日ころ、控訴人会社の営業による収益額は最盛期の半分以下に低下していて、負債が石崎清躬に対する分を除いても三〇〇〇万円くらいに達し、営業用什器機械及び自動車全部が山内孔次郎と石崎千尋へ譲渡されていたほか、山内からその主要な機械一〇台の転譲渡を受けた弘瀬栄子からの申請にもとづく裁判所の仮処分命令が控訴人会社へ執行されていたのに、控訴人会社において右営業収益の実情等を全く説明せず、一億八〇〇〇万円の利益保険契約を締結したことが認められるので、右一連の事情を総合すると、控訴人会社においてこの利益保険金を不正領得するため被控訴人を欺罔する意思にもとづき、その営業収支の実態を故意に説明しなかつたものと推認しても一概に不当とはいえない。しかし他面、成立に争いがない乙第二六号証(利益保険勧誘のパンフレット)には「保険会社がこの保険の申込みを受けるにあたり、客の会計上、秘密に属することの開示を求める場合がある。」旨が特記されていることなどに徴し、被控訴人及びその代理店である伊藤尚武には、控訴人会社から提出された前記損益計算書等の記載が必ずしも営業の実態を正確に記載したものとは限らない場合もあるので、この収益の実態を知るためには損益計算書等だけでは十分でないことを予知していたものと推認できるうえ、右伊藤尚武は昭和五一年二月ころから翌五二年八月ころまで時折、控訴人会社の会計帳簿等の整理を手伝つていたことは同証人の自認するところであるから、同人が被控訴人の代理業務に忠実であるなら、控訴人会社の昭和五二年一〇月ころ当時の営業収益が前記五一年度の損益計算書等の記載と齟齬するのを容易に知り得た筈であるし、さらには被控訴人の松山営業所から控訴人会社に前記パンフレットの記載のように営業収支の実態を記載した会計原簿の開示を求めるのを控訴人会社が故意に妨害した形跡も認められないことにかんがみると、被控訴人において保険契約(二)を締結する際、控訴人会社から提出された九か月以前一年間の損益計算書類の記載をもつて当時の営業収支の実態と大差がないと信用したとすれば、そう信ずるにつき軽からぬ過失があつたというべく、被控訴人側でこの種の取引につき通常実行すべき相手の会計原簿を点検さえしておればその誤信を防止できたと認められるので、控訴人会社が当時の営業収支の実態を被控訴人に全く説明しなかつたとしても、直ちに保険契約(二)を取消すべき詐欺であるとは認められない。したがつて抗弁3は採用できない。

(三)  本件全証拠を検討しても、保険契約(二)の内装一式が第三者に譲渡されたことを認めるべき証拠がないので、抗弁45はいずれも理由がない。

(四) 以上説明のごとく前記第二、二、(二)で認定した事実に徴し、被控訴人は控訴人会社に対し保険契約(二)のうち内装一式について保険金一〇〇万円を支払わなくてよい理由はなくその金員を支払うべきものであるところ、この保険請求権に対しては訴外株式会社東邦相互銀行を債権者とする債権差押及び取立命令が昭和五三年二月八日ころ被控訴人へ到達したことは当事者間に争いがないので、控訴人会社のこの保険金支払を求める請求を棄却した原判決の結論は相当である。

第四以上のとおり控訴人有限会社四国ロバベーカリーの本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、控訴人栗田宏子の本訴請求は保険契約(一)の内装一式についての保険金二〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余の請求を失当として棄却すべきものなので、原判決中、同控訴人関係部分をその旨に変更し、控訴人会社と被控訴人間の控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条本文、第八九条を、控訴人栗田宏子と被控訴人間の訴訟費用の負担につき同法第九六条前後、第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(菊地博 滝口功 川波利明)

<参考・第一審判決理由>

一、請求原因一の事実、同2のうちプレファブ造平家建工場約二六〇平方メートルが保険契約(二)の保険目的であることを除く事実、同3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二、本件プレファブ造平家建工場約二六〇平方メートルが保険契約(二)の保険目的であるか否かについては、<証拠>によれば、保険契約(二)の契約書には、「保険の目的及びこれを収容する建物の構造及び用法」の欄には「1内装(但符号2内収容)」の記載の他「2プレファブ造平家建約二〇〇m2」の記載があることが認められるが、同号証によれば、右内装については保除金額内訳欄に一〇〇万円の金額の記載があるのに、右建物については、その記載がないことが、また原告会社代表者尋問の結果によれば、右内装の保険金額一〇〇万円は、それ以前に保除契約(一)において、すでに内装分として保険金額を二〇〇万円とし、保険契約をしていたが、保険契約(二)を締結するにつき、新たに保険金額一〇〇万円を上乗せして契約をしたものであることが、それぞれ認められる。

そうすると、右甲第一号証の記載をもつて、右建物が保除契約(二)の目的であるということはできず、他に原告らの主張を認めうる証拠はない。

三、保険目的の譲渡

1、成立に争いのない乙第一三号証の一、成立に争いのない同号証の三の印影と同号証の二の印影とを対照して、同号証の二の印影は、訴外山内孔次郎の印章により顕出されたものと認められるから、右印影は右山内の意思に基づき顕出されたものと推認できるので真正に成立したものと推定すべき同号証の二、及び同号証の四の代表取締役田中幸男名下の代表者の印影は、原告会社代表者の印章によるものであることは当事者間に争いがないから、右印影は右代表者の意思に基づき顕出されたものと推認され、これが訴外吉田哲三の冒用によるものであるとの原告代表者の主張については、これに沿う原告代表者の供述はあるが、後記認定事実に照して措信できず、したがつて真正に成立したものと推定すべき同号証の四、以上の証拠によれば、原告会社が昭和五二年八月一八日出内孔次郎に対し、保険契約(一)のうち別紙目録記載の一〇点の機械を、原告会社において同月三一日までに買戻すことができるとの特約を付して、売り渡したことが推認できる。

前述のように、原告代表者は、吉田哲三が原告代表者の意思によらず、代表者印を冒用して勝手に山内と右売買契約をしたと供述し、成立に争いのない甲第四号証によれば、原告会社と山内は、昭和五三年四月二四日、松山簡易裁判所において、前記売渡物件が原告会社の所有であることを確認するとの内容の起訴前の和解をしていることが認められる。

しかし、<証拠>によれば次の事実が認められる。

山内は三孔商会という名称で原告会社に対し、パンの原材料、厨房器具、機械設備などを売り渡していたものであるが、前出乙第一三号証の一の公正証書を作成した当時、山内は、原告会社に対し、約八〇〇万円の売買代金債権を有していた。そこで原告会社代表者は、昭和五二年八月一〇日ごろ、山内と売買残代金を合計八〇〇万円と確定し、これの支払を約し、その支払につき山内に担保物件を差し入れ、それにつき公正証書を作成することを約し、前記公正証書が作成された。その後山内は、同年八月三〇日(買戻期間経過前)、同人の弘瀬栄子に対する六二〇万円の貸金債務のうち五〇〇万円につき原告会社から譲受けた前記機械一〇点を代物弁済する契約をした。そこで弘瀬は、原告会社を相手方として、右機械について松山地方裁判所に処分禁止と執行官保管の仮処分申請をし、買戻期間経過後の同年九月七日右申請を認める仮処分決定の執行がされ、つづいて同月二六日原告会社を被告として、右機械の引渡を求める訴を提起した。この訴訟が係属中、本件火災が発生し、右機械が焼失した。右のように右機械の所有権が原告会社から山内へ、山内から弘瀬へ譲渡されていることを知つた被告は、すでに昭和五三年一月三〇日に、原告会社に対し、本訴訟において被告が主張する通知義務違反を理由として、右機械の損害については填補できない旨を通知し、その後も二度にわたり同様の通知をしている。他方弘瀬は、本件火災直後の昭和五二年一二月八日と同月一四日に、いずれも、被告の調査に応じて、右機械の所有権が原告会社から山内、弘瀬へと次々移転され、前記仮処分執行がされていたこと、原告会社代表者田中と原告会社の監査役であつた石崎清躬が弘瀬に対し、被告から保除金が支払われれば弁済するので、右所有権移転は被告に内密にしてほしい旨要請されていることを申述している。そうした弘瀬は、昭和五三年四月一四日、前記訴訟において、原告会社と、右機械が原告会社の所有であつたことを確認し、あわせて原告会社は被告から保険金を受領したときに、弘瀬に三〇〇万円を支払うとの裁判上の和解をした。さらに弘瀬は山内に原告会社との和解を勧め、山内はこれに応じて、前記裁判上の和解をした。

<証拠判断略>

2、<証拠>によれば、原告会社は、昭和五二年八月末当時、同社の監査役であつた石崎清躬に対し、多額の債務を負担していたこと、また当時原告会社はその財務状況が極度に悪化していたこと、そこで原告会社代表者田中は、石崎清躬及びその子である石崎千尋と右債務を担保とするため、別紙目録記載の物件のほか什器備品一切、自動車一八台を石崎千尋に譲渡担保として、その所有権を移転することを約したことが認められる。

これに対し、原告会社は仮定再抗弁として、吉田が山内に前記機械を無断譲渡したため、その防衛策として譲渡を仮装したものであると主張し、証人石崎千尋はほぼこれに沿つた供述をするが、前認定のとおり原告会社から山内への右機械の譲渡は有効に成立しているものであつて、そのことを原告代表者田中自身知つている以上、右仮袋譲渡の主張はその前提たる動機において破綻をきたしており、前認定のように、石崎千尋の父石崎清躬は本件火災発生後、弘瀬に対し、前記機械の所有移転について被告に明らかにしないように依頼工作しているものであり、さらには<証拠>によれば、原告会社は本件罹災当時社会保険料を約二〇〇万円滞納していたが、原告会社代表者田中は、火災直前の昭和五二年一一月二八日松山社会保険事務所の財産調査に対し、原告会社の財産状況については、代表者であるにも拘らず何らの説明をせず、監査役であつた石崎清躬に聞くよう答え、右事務所の調査の結果、原告会社所有で差押対象となる物件は何もないこととなつていたことが認められる。

右各事実に徴すると、前記石崎千尋の供述も措信できない。

3、保険契約(一)、(二)の目的である内装につき、この所有権が原告会社から石崎千尋に譲渡されたとの被告主張事実を認めうる証拠はない。

四、通知義務違反

1、<証拠>によれば、保険契約(一)において、火災保険普通約款第八条に定める通知義務及び免責特約、すなわち本件に関する部分に限れば、保険契約者又は被保険者が保険目的を譲渡したときは、その旨を書面により保険者に通知し、保険証券に承認の裏書を受けなければならず、これを怠つたときは右護渡時以降に発生した損害については、保険金による損害填補責任を免れるという約定、これは右保険契約の内容となつていることが認められる。

2、ところで、右条項の約定は、保険目的の譲受人に対する免責に関しては、議論のあるところではあるが、少なくとも保険契約者又は被保険者に対する関係では、通知義務を除き(商法六五〇条の保険目的の譲渡につき、対抗要件不要説をとれば、右義務も譲受人に対する免責の可否の前提要件となるにすぎない)、商法六五〇条以上に出るものではなく、さすれば、通知義務違反についての被告の主張は、被保険利益の喪失についての主張(抗弁2)と何ら異るものではなく、本件請求は保険契約者(被保険者)のするものであるから、前記議論のあるところにつき検討する要を見ないものである。

3、商法六五〇条によれば、被保険者が保険の目的を譲渡すると、保険契約上の権利も譲渡されたものと推定され、したがつて被保険者は右権利を喪失するものであり、右法条の趣旨は、保険の目的の譲渡における譲渡人、譲受人の通常の意思と保険者の利害の調整に根拠を置くものであり、譲渡担保権者は競売手続によらず簡易な方法により担保価値の実現を図りうるのと同様に、法的に可能であれば、民法三〇四条によらず、保険目的の滅失等による保険金請求権につき担保権の行使をしうる利益をも有すると解せられるから、右商法六五〇条にいう保険の目的の譲渡には、譲渡担保として保険の目的の所有権を移転することを含むと解するのが相当である。

4、そして、前記三認定の事実によれば、原告会社から山内あるいは石崎千尋への本件各保険の目的の譲渡は、それぞれ買戻特約付売買あるいは譲渡担保であり、また右買戻特約については、原告会社は約定の買戻期間を徒過して、その買戻権を喪失しているものであつて、原告会社は被告に対し、右各売買あるいは譲渡担保権の設定につき通知すべき義務のあるところ、右通知をしたとの主張、立証はない。

5、そうすると、原告会社は、保険契約(一)(ただし内装に関する部分を除く)による被告に対する請求権を有しないものといわなければならず、したがつて右各譲渡後に右契約による保険金請求権を譲受けたという原告栗田も、右請求権を取得するに由ないものといわなければならない。

五、内装分について

保険契約(一)、(二)の内装が、原告会社から石崎千尋に譲渡されたと認めうる証拠のないことは、前記のとおりであり、<証拠>によれば、被告の依頼により有限会社内山鑑定事務所が内装一式につき損害を実査し、昭和五二年一二月二四日これを報告していることが認められる。

しかし、<証拠>によつてみても、右内装のうちには、それを附加した賃借建物に附加され同建物の所有権に包摂される可能性のある物件が散見され、その点を明確にしない限り、損害額の確定が困難であり、<証拠>によれば、被告は原告会社に対し、右各内装が原告会社の所有に属することについての証明を求めていることが認められるが、原告会社において、その処置をとつたことを認めうる証拠はない。

一般に、損害保険契約は、保険事故の発生により被保険者の受けた損害の填補を目的とし、その填補額は被保険者が現実に蒙つた具体的損害の額に限られるところ、右のとおりであれば、原告会社は、右実損害について未だ立証を尽していないものといわざるをえない。

なお、被告の主張はないものの、<証拠>によれば、右内装一式に関する保険契約(一)、(二)による原告会社の被告に対する保険金請求権に対しては、昭和五三年二月八日、株式会社東邦相互銀行の申請に基づき債権差押及び取立命令が発せられていることが認められる。

したがつて、原告らの被告に対する右内装分に関する保険金請求も失当として棄却を免れない。

六、保険契約(二)について、詐欺による取消

1、<証拠>によれば、抗弁3(二)の事実(契約締結に当つて徴求する書類と保険契約の可否決定)が認められ、反証はない。

2、<証拠>によれば、原告会社代表者田中は、保除契約(二)の締結につき、前以つて昭和五一年三月二日から翌五二年一月三一日までの間の原告会社の損益計算書と原価計算報告書を被告の代理店営業をしていた伊藤尚武を介して、被告に提出したことが認められるが、原告代表者田中が伊藤に対し、右事業年度分の原告会社の松山税務署に対する確定申告書の控えを見せたとの原告代表者尋問の結果は、伊藤尚武の証言に照して、直ちに措信できない。

3、ところで<証拠>によれば、前認定のとおり、原告会社代表者田中が被告に提出した損益計等書(乙第二号証の一)では、前記営業期間中の利益として、三〇四七万七五四一円が計上されているのに対し、前記確定申告書(乙第三号証)では、同期間の当期純損失として九八三万一八〇四円が計上されていること、そしてその原因は、確定申告書(乙第三号証)中の貸借対照表から見ると、前記決算報告書の中の貸借対照表では、まず資産の部の仮払金、建物、機械、造作、設備がいずれも多額の水増計上され、負債の部では買掛金、借入金、未払金が、これも多額に圧縮計上されていること、これを右両書類における損益計算書でみると決算書(この内容は被告へ提出のものと同じ)での売上高は二億二六六四万三九一四万円、確定申告書では八三二一万四九三一円とされていることが認められる。

このように、多項目にわたつて、多額の相違があれば、その是非は別として、確定申告においてある程度の水増、圧縮の行われる例があるとしても、原告会社代表者が被告に提出した損益計算書と原価報告書が原告会社の真実の損益状況を正確に表現しているものとは到底いえない。

4、そして、前記三認定のような負担と担保提供、原材料、機械購入代金、社会保険料の各支払遅滞のほか、原告会社代表者尋問の結果によれば、原告会社は本件保険契約締結時すでに多額の借入金債務を負担し、また水道料金の未払があつたことが認められ、仮に原告会社が被告に提出した前記損益計算書(乙第二号証の一)に記載されているように現実に当該決算期末(昭和五二年一月三一日)において三〇〇〇万円を超える利益を計上しえたとすると、いかに右期末と本件保険契約(二)の締結日までに約九か月の期間があつたとして、右事実はあまりにも不自然であるといわなければならない。

5、民法九六条所定の詐欺による意思表示がなされたというためには、詐欺者の故意、欺罔行為、錯誤、錯誤による意思表示などの成立要件を要するところ、右2ないし4において認定した事実によれば、原告会社代表者田中は本件保険契約(二)の締結に当つて、虚偽の内容の損益計算書と原価計算報告書を真実のものであるとして提出し、被告は、これらの記載の内容が真実であり、正確なものであると誤認し、右契約を締結したものというべきである。たしかに右各書類の内容が虚偽のものであり、<証拠>によれば前出の確定申告書のとおり原告会社が赤字決算であれば、被告は右保険契約を結ばなかつたことが認められる。しかし、右契約時あるいは前決算期に原告会社が欠損を出していたと認めうる証拠はないから、右のように原告会社が虚偽の各書類を提出しなかつたとすれば全く保険契約をしなかつたとまではいえないが、<証拠>によれば、本件利益保険は原告会社の火災による通常営業再開までの休業期間中の経常費(固定費)と営業利益の合計額を付保対象費目とするものであり、したがつて、原則として前記各書類をもとに保険金額を決定した契約をするものであり、また利益保険の損失填補金額も右保険金額が重要な計算要素となつていることが認められるから、前記各書類の提出がなければ、本件保険契約(二)のような内容の契約の締結がされなかつたことは明らかである。

そして、本項初出の事実に加えて本件利益保険の内容及びこの契約の締結において原告会社の損益計算書と原価計算報告書が重要な資料であることは、右のとおりであつて、この事実を原告代表者田中も認識していたことが<証拠>により認められるから、原告会社代表者田中には、本件保険契約(二)の契約を結ぶ際に、欺罔して被告の本件保険契約(二)の締結担当者をして錯誤せしめるほか、右錯誤によつて右契約をさせるとの各故意があつたことが推認され、<証拠>によれば、右伊藤は原告会社代表者田中に対し、本件保険契約(一)の成立後、本件保険契約(二)の締結を勧めていたが、それも執拗なものではなかつたことが認められる。しかし、この事実から原告代表者田中が本件契約(二)をする動機づけになつたことまでを証明することはできても、さらに進んで、右各故意のあつたことの推認を動揺させるものとは到底いえない。

6、原告らは、抗弁3(四)の事実を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

そうすると、原告会社は、被告に対し、本件保険契約(二)に基づく保険金請求権(ただし内装に関する普通火災保険金は前説示のとおりである)を有しないものである。

七、叙上のとおりであれば、原告らの被告に対する本訴請求は、いずれも失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

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